ハンセン病回復者との交流 / 人権桜

人権桜とは

この桜の木を心の支え、拠点としたい。桜が大樹となって自由と平等の花が咲き、
日本の排他的差別がなくなることを願う。 (高瀬重二郎)

<解説>
人権桜と名付けられたこの桜は、2005年11月15日に故高瀬重二郎氏(福井県高浜町出身・全国ハンセン病療養所入所者協議会元会長・岡山県瀬戸内の国立療養所「長島愛生園」元会長)が古里・若狭の高校生との交流の象徴として若狭東高校の校庭に植樹。
同校の講演会での生徒の真剣なまなざしで聞く姿とやさしさに触れた高瀬氏が、自身の好きな、しだれ桜に望郷の思いを込めた。

人権桜植樹式

人権桜01 人権桜02 人権桜03

ハンセン病回復者との交流30年の歴史・歩みの紹介

1990年から始まった交流会は今日まで30年続いており、これまでの歩みをご紹介します。

小浜市におけるハンセン病回復者との交流事業の歴史PDF

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小浜社協資料室

小浜市社協が保管している過去の記録・資料を公開しています。

市民劇「生きて いま」~ハンセン病と闘った軌跡~
小浜市出身の元ハンセン病患者の自身の半生を綴った手記を劇化。 小学生で病気が発症した主人公は、国の隔離政策により家族と引き離され、遠き地の療養所での生活を余儀なくされる。療養所の暮らし、妻との出会い、人権回復の運動、そして社協職員との出会いで、ふるさと小浜への望郷の念を強く抱くのである。
2002年の小浜市社協35周年大会で上演。満員の会場は、感動と共感で万雷の拍手に包まれた。上演翌年、手記の作者(劇主人公)である竹村栄一氏がその生涯を閉じる。
※動画は、当時撮影の記録ビデオから起こしているため、画質等についてはお許しください。
中日新聞記事
中日新聞
2021/02/20